村内MAP 寄付する

MENU

食べる

おすすめスポット

- RECOMMENDED -

見る・知る

一覧へ

重要文化財 / 建造物

明治23年(1890)に東京-横浜間で始まった電話交換業務が北海道で行われるようになったのは、同33年(1900)のこと。これにあわせて、高価な交換機を火災から守るために地元産のを石材を用いて建てられました。内部の床や間仕切り壁、小屋組は木造です。1階と2階の窓を違った形式で作り、2階の窓下に花紋を連続させた胴蛇腹をまわす手法は、ルネッサンス以降の西欧でよく見られるものです。
明治36年(1903)の官制改正により、電話交換局は郵便電信局に併合され、規模の拡大にともなって明治43年(1910)に増築され、その後は札幌中央郵便局として使用されました。

札幌電話交換局

建造物

石川県金沢市に第四高等中学校(現 金沢大学)の物理化学実験教場として建てられました。近代化を進める明治政府にとって、自然科学教育は重要課題で、明治5年(1872)に公布された「小学規則」にも窮理学(物理)、化学、博物、生理(生物)の4科目があげられており、初等教育の段階から、重きをおいていました。
棟札によると工事監督は山口半六、設計監理は久留正道。いずれも文部省技師として、多くの学校建築に携わった人物でした。

第四高等学校物理化学教室

建造物

明治41年(1908)に竣工した赤坂離宮(現迎賓館)の正門に、警護のために設けられた4基(左右内外で計4基)の哨舎(しょうしゃ)の一つ。
赤坂離宮は、当時皇太子であった大正天皇のために建てられた東宮御所で、明治時代を代表する洋風建築です。日本における唯一のネオ・バロック様式の洋風宮殿であり、内外とも当時の技術・工芸の粋が集められています。本館前には広大な西洋式庭園も造られ、警備のために皇宮警察警手が詰める哨舎が配されていました。哨舎は木造銅板葺き、八角形の平面で、洋風の正門にあわせて白壁に丸屋根、頂上に飾りをのせた洒落たデザインになっています。
設計者は片山東熊(1854-1917)で、工部大学校造家学科で英人建築家コンドルの教えを受けた、第1回卒業生4名のうちの一人でした。

赤坂離宮正門哨舎

村内MAP 開村時間 料金 団体情報 アクセス